こんにちは!りー君です。 前回は、移住を考えはじめて7ヶ月で移住してしまった話を書きました。 移住するまでにもしてからも色んなドラマがあったので、そちらを書き留めておこうと思います。 わたしの移住する前の職業は神奈川のとあるプログラミング教室の教室長でした。 営業成績は全国100教室以上ある中、上半期も下半期も毎回4位以内には毎回入っていて、社長もこの教室を継いでくれと話をしてくれるほど信用されていました。 わたしはこれまで教育関係の仕事をずっとしてきてはいたのですが、転職を繰り返していました。 理由は、自分の考えと提供するコンテンツに不一致を起こしていたからです。 どの職場も、その時点の自分の120%の力を注いできました。なので、子どもたちや保護者の方に本当によくしてもらってきました。だから、辞めると話した時は、別れを惜しまれることばかりでした。 転職を重ねて、すこしずつ自分の理想とする教育に近づいて来ていたし、社長や幹部の職員の信用も得ていたし、活躍もある程度できていて周りからは順風満帆に見えていたと思います。 が、どうしてもプログラミングと言うものを極めていく情熱が無いことにずっと後ろめたさを感じていたわたし。 移住・転職の話が浮上してきたのは、もうこの職場にいない方が自分のためにも職場のためにもなると感じ始めていた頃でした。 そして、移住したい気持ちをSNSで発信していたところ、市役所の会計年度任用職員としての働き方を紹介してくれた方がいました。 任用の満期は3年間。住居手当が出て、週4勤務。 いつかかおりんと起業して一緒にビジネスをしながら過ごしていきたいと言う夢があった私たちにはとてもいい話でした。 そういった職業があることを知ったのが2024年の2月頃。 職場である程度のポジションに就いていたわたしは、紹介してくれた職業の3月にある面接には間に合わず。 やっぱり、来年の3月の募集にかけるしか無いかな。 と思っていました。 と、その職業の募集を観察していた矢先、8月スタートの募集がポツリと出てきたのでした!! これは自分にとってとても好都合。なぜならば、繁忙期が落ち着いてくる頃の5月に面接。合否判定。 そして、7月頃までは大きなイベントもなく今の職場を退職するにはちょうどいいタイミングでした。 そしてわたしは、この好都合の採用に乗っかって行くのでした。
自己紹介
移住を考えてから7ヶ月で移住
こんにちは!りー君です。今回は、移住をぼんやり考えだしてから実際に移住してしまうまでの経緯を書き留めたいと思います。 まず、私たちの出逢いが2023年の6月末。 そこから7月、8月、9月に1回ずつ会って、10月には一緒に暮らしはじめた私たち。 ここまでの展開も、とてもスピーディーな展開だったのですが、 移住してしまうのもとても早かったです! 私たちは、2023年12月にかおりんのお気に入りの温泉へ那須塩原市まで旅行に行きました。 かおりんと出逢う前にも移住したいという気持ちがぼーんやりとあったわたし。 一度しか行っていないその土地に、ここだったらいいかも〜とその時、肌感で思いました。 かおりんの娘のももちゃんが中3だったこともあり、早くても高校に進学する時に移住できたらいいね〜なんてその頃は話していたのに、 なんとその7ヶ月後の2024年8月には仕事を辞め、新しい職につき、那須塩原市に移住しちゃっているのでした! なぜそんな風にとんとん拍子で移住の話が決まっていったか今振り返ると、 やっぱり未来の最幸の世界線にいる自分たちから絶対移住した方がいいよ!というエネルギーが届いていたからだと思います。 そして、移住したいということを周りに公言していたことも大きかった。 多くの方が私たちの動向を観察してくれて必要な情報が入ってきたのも大きかったです。 まとめると2023年6月に出逢う2023年10月に一緒に暮らし始める2023年12月に那須塩原市に旅行2024年7月末に移住完了! 出逢いから1年足らずでこんなにも生活に変化があった私たち。 こう書くととんとん拍子でスムーズに移住しているように見えますが、 実はいろんなドラマあり。 この後のブログでも書き留めていきたいと思います!
年上彼女の家に転がり込んだオトコオンナ
こんにちは!りー君です。 元彼女のおかげでかおりんと出逢って彼女の料理の美味しさに胃袋を掴まれ、彼女の家に転がり込んでしまったわたし。 食の趣味も似ていたというのもあるのですが、お互いに健康に関する知識に興味関心があったわたし達。 そこから派生して、今はまだ陰謀論と揶揄されてしまうような知識を持ち、それを包み隠さず話せる楽さもありました。 そして、3人で1年も経たないうちに横浜から栃木県那須塩原市に移住してしまうことになります。 なぜ、那須塩原かというと、2人が気に入った温泉があったから。 旅行しているときに土地の雰囲気が気に入った私たち。 10月から一緒に住みはじめて、12月くらいには移住のことを話すまでになっていました。 そして、翌年のゴールデンウィーに再度旅行に行き、中学生特別支援級の娘の学校のことやわたしの仕事の話を聞きに行き、 よし!8月に転職して移住しよう!という運びになりました。 横浜で子どもの習い事教室の教室長をやり、ある程度の結果を出していた自分はその後、かなりの引き留めに合うも、心が続かないことはできない自分の性格上、決めたら行動! 退職に向けて突き進んでいくのでした。
わたしと年上彼女の出逢い
こんにちは!りー君です。 今日はわたしの彼女のかおりんとの出逢いについて記録しておこうと思います。 実は,2人の出逢いはあまり言いやすいものではなくて。 それは、わたしが以前お付き合いをしていた女性がかおりんを紹介してくれたからなんですね。 (今は元彼女も素敵な男性と出逢ったみたいなので書いちゃいます。) 初めて彼女を認識したのは、彼女が作った米粉のおやつを元彼女が注文していて、それをもらって食べたことがきっかけでした。 食べたとき、なんだこの美味しいおやつは!と驚きでした。 今までは全然興味がなかった彼女に興味を持った瞬間でした。 初めて彼女とリアルで会ったのは、元彼女が参加していたマルシェにて、でした。 たまたま行けたマルシェで彼女もまたたまたま来ることになっていてはじめましての挨拶をしたような気がします。 その後、元彼女とかおりんのご飯を食べに行かせてもらう機会があり、胃袋を掴まれたってやつです。 ※彼女はそんなつもりはさらさらなかったでしょうけどね。 帰り際、バス停まで送ってくれると外を歩いたとき、距離の近さにドキドキしたのを覚えています。 これが久しぶりの恋心の始まり。 ここから1ヶ月もせずにわたしは9年も付き合ってくれた元彼女を置いて、家を出てしまうのでした。
彼女と一緒に地方へ移住したオトコオンナ
はじめまして!りー君です。 わたしは1987年生まれ、卯年の37歳。好きなことは、健康系の話やグッズ集めに世の中の隠された仕組みについて調べること!それとは別に、特に今は珈琲焙煎に今とてもハマっています。 職歴は元教職公務員。その後、カフェや学童職員を経て民間のプログラミング教室で全国上位の集客成績を毎年納める教室長として勤務。ある程度の立場を築いていました。 毎年変わり映えしない生活にもそろそろ飽きてきたな、と感じていたそんな矢先、最愛の女性と出逢い、それまでに築いてきた立場をとっとと手放し、1年足らずで神奈川から移住してしまいました! わたしの彼女は9つ上の子持ち。子どもはダウン症。健康や美に対する意識高めの女性です。 そんな3人で、都内に1時間ほどで出られる田舎で一緒にビジネスを起こすために移住しました! そんなわたしたちは残念ながら籍を入れることができません。 タイトルからお察しの通り、 それはわたしがオトコオンナだから。 シングルマザー年上彼女。ダウン症の子ども。オトコオンナのわたし。 そんなわたし達が繰り広げる物語。 貯金があるわけではない、そして収入が豊かにあるわけではない大人2人が 底辺から這い上がってみせる!そんなストーリーをリアルで語って行く予定。 みなさんどうぞ応援よろしくお願いいたします! 趣味の珈琲焙煎の延長で彼女のおやつ屋さんサイトにてカフェインレス専門の珈琲豆を販売しています。 カフェインレス専門にしている理由はまたおいおい。 https://kaorinmarche.stores.jp




