こんにちは!りーくんです。 那須塩原市に移住して丸6か月が経とうとしています。 この6か月、いろんなことがありました。 それは良いと思えることも、悪いと思えることも。 でも、それは全部必要な体験で。 たった6か月なのに目まぐるしく状況が変わります。 1年あればガラッと現実は変わると最近よく聞きますが、進み続けていれば、きっと本当にそうなのだと思います。 汚臭に悩まされ、やっとの思いで引っ越しした一軒家。 なんと移住4ヶ月後にまた引越しをやってのけました。 引越しの完了から、やっと私たちの那須ライフがスタートしたような気がしています。 わたしたちの生活は、日々の生活費でギリギリ(というか赤字のほうが多い)なのですが、 その中でもできることを見つけて、一歩一歩夢に向かって進んでいっています。 昔は好奇心旺盛だったわたし。 そのころを取り戻しつつあるのか、 お金はないけど、やりたいことが渋滞しています! 那須に来て、身体がずいぶん休まったのだと思います。 日々のお勤めの仕事でマイナスになっていたエネルギーがずいぶん溜まってきた実感があります。 今年は、余ったエネルギーで、菌ちゃん農法で家庭菜園をスタートします! 現在、家の庭にコツコツ畝を制作中。玄関を色とりどりのお花で飾り、その横に豊かな畑。 早くそんな風景を目にしたいです。 リンク リンク リンク 土はあるけど狭くて畑になりそうにないスペースは、お花を植えて日々過ごす部屋からもきれいな景色が眺められるようにしたいです。 普段からマイクロプラスチックの観点から […]
移住
見つからない家探し
不動産屋に相談しても気持ちの良い対応をしてもらえない。 3ヶ月もしない間に、再び30万ほどの出費はかなり痛いですが、それよりも、契約更新までのこの後2年間もの間ずっと、この悪臭に耐えなければならない。 そう思った時に、 2年間悪臭を嗅ぎ続ける方が自分たちの心と身体に影響がある。 と私たちは考えました。 そして、いよいよ本格的に家探しをはじめていったのでした。 (市は2年後の更新時には家を変えても契約金を出せると言っていたので、その路線も考えてはいたのですが、そんなの待てないくらいの悪臭でした。) いざ家を変えると決めて行動し始めたのは良いものの、いく物件いく物件納得するものが出てこない。 移住はやっぱり歓迎されていないのかな…と何度も物件を検索しながら落ち込みました。 そしてやっと引っ越したい一軒家に出会う事ができたのでした。 それにしても、今の家の悪臭には本当に驚かされます。 朝起きるとキッチンにたまっている臭い。家に帰って扉を開けた瞬間に感じる臭い。お風呂に入っていると充満する悪臭。 他の家の柔軟剤やシャンプーの臭いがするときもあって。 こんな物件を引き当てた自分たちに本当に驚きで。どんな意味があったのかいつか答え合わせができるといいなと思います。 引越し先の一軒家は、当初リフォーム無しの物件だったのですが、 フルリフォームを入れてくれることになり、しかも家賃はリフォーム前と据え置き。 ご褒美なのかなと思っています。 引越しは12月中旬。どんでん返しやトラブルが無いことを祈るばかりです。
住居問題
バタバタで物件を決定し、いよいよ待ちに待った移住生活。 どんなワクワクがわたしたちを待ってくれているだろう。と希望を持っていざ那須塩原市へ。 ですが、その希望は瞬く間に崩れ去ったのでした。 わたし達を待ち受けていたのは悪臭問題。 家の中で耐えられない臭いがすることに気がついたわたし達は、すぐさま不動産屋に連絡。 すぐに家に確認に来てもらうことになりました。 来てもらったは良いものの、原因がわからない。 数回連絡して、来てはくれるんだけど改善する見込みも担当者の意気込みも感じない。 ベテランに来てもらって確認してもらうも、ちょうど来てもらったタイミングに限って悪臭が消えていく。 なので、半ばほら吹きやろうと疑われていたでしょう。だけど、良くなったかな?と思うタイミングで再び悪臭がやってくる。 それはそれは耐えがたい臭いで。 空き部屋の期間が長かったので、今は臭ってしまっているんでしょう。1ヶ月くらいで普通は無くなります。 窓を開けっぱなしにしていつも換気をしてください。 と言われたのを信じて言われた通りに窓を開けて待っても2ヶ月経っても3ヶ月経っても一向に良くなる兆しが見えません。 毎朝、起きると部屋に溜まっている悪臭と付き合いつつ、不動産屋に連絡を入れて確認に来てもらっても臭いがするはずがない。もしするのだとしたら、最上階だから構造上のものだから仕方ない。 などと、全く対処しようとしない。対処しないのではなく、できないのかもしれません。 ですが、その対応や言動に誠実さを感じなかったので、再び引越しを決意したのでした。
転職に成功して家探し
来年度の募集になるかね〜、と諦めていた転職。たまにネットの募集を見ていたら4月中旬頃に突如出てきた募集情報。 その頃、ゴールデンウィークにちょうど那須塩原市に旅行に行くことになっていたので、募集を出している市役所に話を聞きに行ってみました。 すると、直属の上司になる方が対応してくれて、その方の雰囲気を見て、ここなら大丈夫そう。ということで、願書を出すことに決めました! 願書を出すのはいいけれど、今の職場をどうやって辞めるかが問題です。しかし、ちょうど2月ころに会社の社長と幹部と面談があって、来年度いっぱいで退職したい旨を伝えていました。 ただ、それが早まることを伝えるだけ。 7月いっぱいで退職することを会社につたえました。それを伝えた後は引き止めにすごく合いましたが、決めたら聞かないわたし。最後は諦めてくれました。 そして、家探しが始まったのですが、それがまたまた大変でした。 那須塩原市へ旅行に行ったのは3回。たったそれだけで移住を決めたわたしたちは土地勘もないし、行ってるのは観光地ばかりで、働きながらどのような場所で生活していくといいのか全くピンと来ておらず。 知人がリフォームに関わっている家を紹介してくれたのですが、役所を通して家を借りなければいけない職業を選んでいたのですんなりと契約にいかず。 進んだと思ったらまた後退してを繰り返し、かなりのストレスを感じました。 知人が紹介してくれた物件をお断りすることになり、また一からの物件探し。ネットで目星をつけていた物件を弾丸で周り、いいなと思う一軒家に申請をしました。 物件探しで断られた経験が無いわたし。行けるだろうと思っていた矢先、大家さん審査に落ちてその一軒家に住めなくなってしまったのでした。 このままでは、家が無いまま次の仕事がスタートしてしまう。 一軒家に住みたいという希望があったのですが、物件決定をすぐに決めないと市役所側の手続きが間に合わない。ということなので内見の最後の最後に見ていたマンションに住まうことを泣く泣く決めたのでした。 そして、そこからまた波乱が待ち受けているのでした…
タイミングよく転職先が見つかった話
こんにちは!りー君です。 前回は、移住を考えはじめて7ヶ月で移住してしまった話を書きました。 移住するまでにもしてからも色んなドラマがあったので、そちらを書き留めておこうと思います。 わたしの移住する前の職業は神奈川のとあるプログラミング教室の教室長でした。 営業成績は全国100教室以上ある中、上半期も下半期も毎回4位以内には毎回入っていて、社長もこの教室を継いでくれと話をしてくれるほど信用されていました。 わたしはこれまで教育関係の仕事をずっとしてきてはいたのですが、転職を繰り返していました。 理由は、自分の考えと提供するコンテンツに不一致を起こしていたからです。 どの職場も、その時点の自分の120%の力を注いできました。なので、子どもたちや保護者の方に本当によくしてもらってきました。だから、辞めると話した時は、別れを惜しまれることばかりでした。 転職を重ねて、すこしずつ自分の理想とする教育に近づいて来ていたし、社長や幹部の職員の信用も得ていたし、活躍もある程度できていて周りからは順風満帆に見えていたと思います。 が、どうしてもプログラミングと言うものを極めていく情熱が無いことにずっと後ろめたさを感じていたわたし。 移住・転職の話が浮上してきたのは、もうこの職場にいない方が自分のためにも職場のためにもなると感じ始めていた頃でした。 そして、移住したい気持ちをSNSで発信していたところ、市役所の会計年度任用職員としての働き方を紹介してくれた方がいました。 任用の満期は3年間。住居手当が出て、週4勤務。 いつかかおりんと起業して一緒にビジネスをしながら過ごしていきたいと言う夢があった私たちにはとてもいい話でした。 そういった職業があることを知ったのが2024年の2月頃。 職場である程度のポジションに就いていたわたしは、紹介してくれた職業の3月にある面接には間に合わず。 やっぱり、来年の3月の募集にかけるしか無いかな。 と思っていました。 と、その職業の募集を観察していた矢先、8月スタートの募集がポツリと出てきたのでした!! これは自分にとってとても好都合。なぜならば、繁忙期が落ち着いてくる頃の5月に面接。合否判定。 そして、7月頃までは大きなイベントもなく今の職場を退職するにはちょうどいいタイミングでした。 そしてわたしは、この好都合の採用に乗っかって行くのでした。




